百人一首の雑の歌(19首)
出典の歌集で「雑」の部に収められた歌です。四季や恋に分類されない、さまざまな題材の歌が集まっています。
清少納言(62番)や小式部内侍(60番)の機知に富んだやりとり、世を嘆く歌(83番・99番)、宮廷の栄えた昔をしのぶ歌(100番)など、作者の人柄や時代の空気が伝わる歌が多いのが特徴です。
雑の歌の一覧
- 第8番喜撰法師三字決まり「わがい」わが庵は 都のたつみ しかぞ住む 世をうぢ山と 人はいふなり私の庵は都の東南にあり、こうして心静かに住んでいる。それを世間の人は、世を憂いて宇治山に隠れたのだと言っているらしい。
- 第10番蝉丸二字決まり「これ」これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関これがあの、行く人も帰る人も、知る人も知らぬ人も、別れてはまた出会うという逢坂の関なのだ。
- 第12番僧正遍昭三字決まり「あまつ」天つ風 雲の通ひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ天を吹く風よ、雲の中の通い路を吹き閉ざしておくれ。天へ帰る舞姫の姿を、もうしばらく地上にとどめておきたいから。
- 第34番藤原興風二字決まり「たれ」誰をかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくにいったい誰を親しい友とすればよいのか。高砂の松も長寿とはいえ、昔からの友ではないのだ。
- 第55番大納言公任二字決まり「たき」滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞こえけれ滝の音は聞こえなくなって久しいけれど、その名声は今も流れ伝わって世に聞こえている。
- 第57番紫式部一字決まり「め」めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲隠れにし 夜半の月かなめぐり逢って、それと見分ける間もなく帰ってしまった。雲に隠れた夜半の月のようなあなたよ。
- 第60番小式部内侍三字決まり「おほえ」大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみもみず 天の橋立大江山を越え生野を通る道が遠いので、まだ天の橋立を踏んだことも、母からの文を見たこともありません。
- 第62番清少納言二字決まり「よを」夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ夜が明けぬうちに鶏の鳴きまねで欺こうとしても、あの逢坂の関は決して通しはしません。
- 第66番前大僧正行尊二字決まり「もろ」もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなしともに愛しいと思っておくれ、山桜よ。この山では花よりほかに私の心を知る人もいないのだから。
- 第67番周防内侍三字決まり「はるの」春の夜の 夢ばかりなる 手枕に かひなく立たむ 名こそ惜しけれ春の夜の夢ほどにはかない手枕のせいで、つまらぬ浮き名が立つのは惜しいことだ。
- 第68番三条院四字決まり「こころに」心にも あらでうき世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな心ならずもこのつらい世に生きながらえたなら、きっと恋しく思い出すのだろう、この夜半の月を。
- 第75番藤原基俊四字決まり「ちぎりお」契りおきし させもが露を 命にて あはれ今年の 秋もいぬめり「頼りにせよ」と約束してくださった言葉を命綱にしてきたのに、ああ、今年の秋も空しく過ぎてゆくようだ。
- 第76番法性寺入道前関白太政大臣六字決まり「わたのはらこ」わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波大海原に漕ぎ出して見渡すと、雲かと見まがうほどに沖の白波が立っている。
- 第83番皇太后宮大夫俊成五字決まり「よのなかよ」世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなるこの世に逃げ道などありはしない。思いつめて分け入った山の奥にも、鹿が悲しげに鳴いている。
- 第84番藤原清輔朝臣三字決まり「ながら」ながらへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき生きながらえたなら、今のつらささえ懐かしく思い出すのだろうか。つらいと思った昔が今は恋しいように。
- 第95番前大僧正慈円三字決まり「おほけ」おほけなく うき世の民に おほふかな わが立つ杣に 墨染の袖身のほど知らずにも、つらいこの世に生きる民を覆い守ろう。この比叡の山に住みはじめた私の、墨染の袖で。
- 第96番入道前太政大臣三字決まり「はなさ」花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり花を誘って散らす嵐の庭は雪のようだが、本当に古りゆくのは花ではなく、この私自身であったよ。
- 第99番後鳥羽院三字決まり「ひとも」人もをし 人も恨めし あぢきなく 世を思ふゆゑに 物思ふ身は人が愛しくもあり、恨めしくもある。この世をつまらないと思うがゆえに、あれこれ思い悩む私なのだ。
- 第100番順徳院二字決まり「もも」ももしきや 古き軒端の しのぶにも なほあまりある 昔なりけり宮中の古びた軒端に生えるしのぶ草を見るにつけ、いくら偲んでも偲びきれない、古き良き世であることよ。