百人一首 第97番 権中納言定家
来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ

読み札
やくやもしほの
みもこがれつつ
取り札
歌の意味(現代語訳)
来ない人を待つ、その松帆の浦の夕なぎに焼く藻塩のように、私の身も恋い焦がれている。
鑑賞のポイント
百人一首を選んだ藤原定家自身の歌です。「まつほの浦」の「まつ」に「待つ」が掛けられ、来ない人を待つ身が、夕なぎに焼く藻塩のように恋い焦がれていると詠みます。
決まり字と友札
決まり字は「こぬ」の二字決まりです。「こ」までが同じ音で始まる歌がほかに5首あり(友札)、「こぬ」まで聞いて初めてこの歌だと決まります。
- 第10番 これやこの 行くも帰るも 別れては決まり字「これ」
- 第24番 このたびは 幣もとりあへず 手向山決まり字「この」
- 第29番 心あてに 折らばや折らむ 初霜の決まり字「こころあ」
- 第41番 恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり決まり字「こひ」
- 第68番 心にも あらでうき世に ながらへば決まり字「こころに」
詠み人について
藤原 定家(ふじわら の さだいえ)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての公家・歌人。藤原北家御子左流、正三位・藤原俊成の二男。最終官位は正二位・権中納言。京極殿または京極中納言と呼ばれた。『小倉百人一首』の撰者で権中納言定家を称する。
出典: ウィキペディア 「藤原定家」(CC BY-SA 4.0)より抜粋
百人一首のゆかりの歌人
- 第83番 皇太后宮大夫俊成皇太后宮大夫俊成と権中納言定家は父と子