百人一首 第25番 三条右大臣

名にし負はば 逢坂山の さねかづら 人に知られで くるよしもがな

第25番 名にし負はば逢坂山のさねかづら 人に知られでくるよしもがな(三条右大臣)の読み札

読み札

ひとにしられで
くるよしもがな

取り札

読み三字決まり

なにしおはばあふさかやまのさねかづらひとにしられでくるよしもがな

札の絵の出典: ウィキメディア・コモンズ(パブリックドメイン)

「逢坂」「さねかづら」という名を負っているのなら、人に知られず来てくれる手立てがあってほしいものだ。

「逢坂山」に「逢ふ」、「さねかづら」に「さ寝(共寝)」、「くる」に「来る」と「繰る」が掛けられています。つる草のさねかづらをたぐり寄せるように、人に知られずあなたのもとへ行きたいという恋の歌です。

決まり字は「なにし」の三字決まりです。「なに」までが同じ音で始まる歌がほかに2首あり(友札)、「なにし」まで聞いて初めてこの歌だと決まります。

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作者
三条右大臣(さんじょうのうだいじん)
決まり字
なにし
出典
後撰和歌集(恋)
テーマ
恋の歌

藤原 定方(ふじわら の さだかた、貞観15年(873年)- 承平2年8月4日(932年9月6日))は、平安時代前期から中期にかけての貴族・歌人。内大臣・藤原高藤の次男。醍醐天皇の外叔父。官位は従二位・右大臣、贈従一位。三条右大臣と号する。

出典: ウィキペディア 「藤原定方」(CC BY-SA 4.0)より抜粋

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