百人一首 第11番 参議篁

わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣舟

第11番 わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと 人には告げよ海人の釣舟(参議篁)の読み札

読み札

ひとにはつげよ
あまのつりぶね

取り札

読み六字決まり

わたのはらやそしまかけてこぎいでぬとひとにはつげよあまのつりぶね

札の絵の出典: ウィキメディア・コモンズ(パブリックドメイン)

大海原をたくさんの島々めざして漕ぎ出して行ったと、都の人に伝えてくれ、漁師の釣舟よ。

小野篁が隠岐へ流されるとき、船出にあたって都の人に贈った歌です。「わたの原」は大海原のこと。見送る人もいない寂しさを、釣舟に「伝えてくれ」と呼びかける形で表しています。

決まり字は「わたのはらや」の六字決まりです。「わたのはら」までが同じ音で始まる歌がほかに1首あり(友札)、「わたのはらや」まで聞いて初めてこの歌だと決まります。六字目まで聞き分けなければならない「大山札」のひとつです。

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作者
参議篁(さんぎたかむら)
決まり字
わたのはらや
出典
古今和歌集(羇旅)

小野 篁(おのの たかむら、延暦21年〈802年〉- 仁寿2年12月22日〈853年2月3日〉)は、平安時代初期の公卿、文人。 参議・小野岑守の長男。官位は従三位、参議。異名は野相公、野宰相、その反骨精神から野狂とも称された。小倉百人一首では参議篁(さんぎたかむら)。

出典: ウィキペディア 「小野篁」(CC BY-SA 4.0)より抜粋